子供

こどもの将来を見据えた目標設定と人生設計の重要性

当時の管理人の頭には「将来どうしよう」とは思い浮かばず、なんにも考えていませんでした。

ただ父親が勤める金属加工会社に、16歳のときに言われるまま、定時制工業高校に通いながら働き始めた話です。

中学校を卒業し、工業高校の入学試験を受験も合格発表までは、ハラハラドキドキで心配していましたが、無事合格しました。

忘れもしません。

入学金は1000円、授業料はひと月、500円でした。あと、パンが5円、牛乳無料でした。

入学時40人くらいいた生徒も、1年生の夏休みが終わり2学期入ったころには、約半分の20人くらいになっていました。

進級し2年生になったころには、また約半分の11人くらいの生徒数のまま、4年間無事終え卒業できました。

それからと言うものは、いろいろありましたが、

45歳になるまでの30年間、失敗や後悔を繰り返しながら、サラリーマン生活を送り続けてきました。

その中でも、もしもあの時、将来3人で暮らすことになった女性と出会っていなかったらと「ふと」思いました。

学生時代に将来の人生設計を全く考えなかった私のことです

勉強嫌いだった私は、今どんな人生を歩んでいたのだろうかと考えると、ぞっとしていたかもしれませんでした。

人生は偶然と選択の連続であります。

何も考えずに始めた仕事が、いつの間にか私の人生の大部分を占めるようになった。

けれども、その中で出会った特別な人との縁が、私の人生を大きく変えるきっかけになったことは間違いないです。

振り返ると、失敗や後悔も含めて全てが私の人生の一部であり、それが今の私を形作っているのだろうと感じます。

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未来の計画

私の人生を振り返ると、両親の離婚や再婚、いじめ、ひきこもりが思い出されます。

私と同じような人生を長男には送ってほしくないと、思っていたときのことです。

将来の不安を解消するために、具体的な目標設定を考えてほしいな~あと心から願っていました。

新川重和
新川重和
親として一人の人間としての長男に接していけたかどうかを、将来振り返ることができるようにしたかったです。

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同じ目標を持つ仲間と一緒に頑張れるアプリです。

一人だとやる気が出ない子どもにもおすすめです。

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長男の教育と小学校の校長先生との会話

長男が生まれるとき、私は仕事で出産に立ち会えませんでした。

そのころ駆け落ち同然に寝屋川の萱島に住み始めて、よく通っていたお好み焼き店のご夫婦にお世話になりました。

その頃、お好み焼き店のご主人様より、私と前妻にお話しをいただきました。

良かったら、以前商売をしていたお好み焼き店が空いているので、良かったら商売してみないかと声をかけていただきました。

思い返せば私が小学校6年生のときに、父親の再婚相手が、店舗を建てるために10坪くらいの土地を借りました。

大工さんはじめとする。

いろいろな職人さんの知り合いが、多かったのが幸いし、2階建ての店舗が新築しました。

そこには、お好み焼き店を開店し自ら自転車などでチラシを配ったりしたこともあり、私には興味はありました。

しかし、当時の前妻は体も弱く、飲食業に携われるだけの知識や器量もないなあと思い、やむなく断りました。

約2年ほど寝屋川の萱島に住んでいましたが、たまたま日本住宅公団の入居募集がありました。

なかなか当選しないという世間の噂話は、私の耳にも聞こえてきていました。

落選して元々と思い抽選に申し込みをしたところ、幸いにも1回で吹田市千里の2DK風呂付の公団に見事当選しました。

おかげで、私の長男はすくすくと元気よく近くの幼稚園に通えました。

ある日、入学予定の小学校の校長先生から自宅に電話がありました。

電話の向こうからの校長先生の話しを聴いていると当時私の長男が少し知恵遅れがあったようです。

その時のことです。

小学校の校長先生からは、特殊学級の入学を父親の私に勧められました。

しかし、私から入学予定の小学校校長先生に、一旦普通学級に入学させてもらえませんか?と言って見ました。

その上でどうしても、普通学級の子どもたちに就いていけないのなら、連絡をいただけないかと言いました。

特殊学級にということにはできないでしょうか?とお話しをさせていただいたところ、当時の校長先生は心よく快諾していただきました。

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小学校生活の思い出と成長の軌跡

その後、小学校に無事入学し同じ学校の子どもに、いじめられたこともあったようです。

そのときは前妻もさすがに怒りを隠せず小学校の教員室へ行ったりしていたようです。

授業参観や運動会などいろんな学校行事もあったようですが、6年間の小学校生活を無事に卒業できたようです。

なぜ、「いろんな事もあったようですが」と言う言葉かと言う理由があります。

私の長男が低学年のときは学校行事は参加できていました。

しかし、高学年に通っている時代には仕事の都合で前妻と別居を始めました。

実際には見ていないのでそんな言葉になりましたが、養育費として毎月10万円を振り込みをしていました。

長男の新しい生活とお金のやり取り

前妻は体が弱かった事情もあって、中学校へ入学時長男は父親である私が住んでいるところへ移り住み始めました。

犬を飼い、玄関の道の前に駐車場があり私が車で帰ってくると、姿は見えなくても車の音だけを聴いて犬はしっぽをふって出迎えてくれていました。

朝晩の犬の散歩や阪神淡路大震災のときです。

2階で私たち3人が休んでいましたが、幸いにも被害はありませんでした。

玄関の階段下にいた犬は2階を眺め「わんわん、わんわん」と吠えて「地震やで」と知らせてくれていました。

一緒に住み始めていた女性のことを、私の長男は「おばちゃん」と言い、その後は3人での生活が始まりました。

中学生時代にも、いじめられたことが一緒に住み始めた女性に気づかれ怒りを隠せずに職員室まで行った様子でした。

ある日、一緒に住み始めた女性の話です。

私の長男にお金を渡して買い物を頼んだところ、戻ってきてもお釣りを渡さなかったようでした。

そのことに疑問を感じた一緒に住み始めていた女性は、私の長男に「お釣りは?」と聞いたときのことです。

僕のお母さんは、お釣りはみんなもらえていたため渡さなくてもよいと思い込んでいたようです。

長男にあのな、一緒に住み始めた女性は「お釣りは渡してやと言いました。

お駄賃はそのなかからあげるから」と私の長男に、言ったところ納得したようです。

私の長男が小遣いを持って家の中をウロウロしていたようです。

一緒に住み始めた女性に「何してんの」と言われたときのことです。

私の長男は「おばちゃんにとられたらあかん」と思ってどこへ隠そうと思っていたようです。

「盗るぐらいなら小遣いを渡さんわ」と言われて安心したようです。

その後の私の長男は自分の机や、ベットのところなどにお金をバラバラに置いていたようです(笑)。

長男の進路と成長の物語

将来の夢と進路選択

高校の入試試験を受けるときは、普通高校に行くかって迷っていた長男に、父親である私が将来何がしたいと聞いたところ「国鉄に入りたい」と言い、私は「電車の運転手?になってどうすんの?」と言ったところ考えてみることのことでした。

父親の経験を伝える

しばらくして、私から長男にお父さんは機械科を卒業したものの苦労した経験を子どもに言った時のことです。

それやったら、電気科のある高校に行ってみようかと長男は意志表示をしてくれたので、「ホット」しました。

高校入試試験の挑戦と合格

幸いにも父親には似ずに勉強をすれば出来る長男だったようです。

推薦入試の試験では不合格だったようでした。

しかし、入学予定だった工業高校から中学校に電話があったようです。

一般の入試試験をもう一度、受験してもらえると合格すると、私に中学校の先生から自宅に電話がありました。

それを聞いた私は、長男に伝えたところ入試試験に挑んだところ無事合格し、入学ができました。

高校生活と新聞配達の努力

工業高校の3年間は、雨降りや風が吹く日も休むこともなく新聞配達(朝刊400部)で得た収入から毎月3万円を「おばちゃん」に渡していました。

運転免許取得と自立の一歩

運転免許を取得当時、一旦おばちゃんに取得費用を借りて、毎月返済して完済したようです。

バイクと車のエピソード

バイクや車に彼女を乗せたりして、たまには彼女を家に連れてきたりしていました。

彼女との関係と家族のサポート

バイクは、家の敷地の中に置いているものの2度盗まれたりしていたようです。

車は免許を取り立てのときは、自分で中古車を購入していました。

その後、新車に乗り換えたものの、事故を起こし体は無傷だったのですが、車は全損だったようです。

その時は、当時の彼女が遭い慌てて、私の長男を迎えに行ったりしてくれたようです。

謝罪と和解のできごと

ある日の出来事です。

長男が付き合っていた彼女とのトラブルが原因のことです。

彼女の家に父親である私と一緒に住み始めていた女性と謝罪に行きました。

到着後先様の玄関先で、長男の彼女の父親とお会いしたところ、その時のことです。

その父親は隠す要にしてバットを右手に持ち背中の後ろに持たれていたようです。

しかし、何事もなく謝罪して無事終えました。

長男の進路選択と新たな一歩:設備管理会社の就職と一人暮らしの始まり

工業高校卒業間近のある日、長男に進路を聞くと「どうしょう」と迷っていたようです。

しばらくすると、長男から何社か就職先の候補が見つかった様子でした。

働くなら、歳を重ねてからでも生活に困らないようにしておいたほうがいいと思っていた時のことです。

資格を取れるだけとっておいたほうがいいのではないのかなあと父親である私は長男に伝えました。

しばらくすると、各施設の設備管理会社に就職も決まり、ずいぶん経ったある日から一人暮らしを始めました。

まとめ

計画があることで、将来や心の不安を軽減し、モチベーションを維持することができます。

学生時代に親と子どもが迷うことなく、節目などに会話を重ねて子どもの進路を考えるヒントになればうれしいです。

実践的アドバイス

進路相談をする相手を間違うと、あなたに寄り添っているふりをしていませんか?

あなたの考え方との矛盾も多く相談した他人が自己満足を満たすだけではないでしょうか?

結果的にあなたの心を傷つけたり詐欺をする人が世の中に存在しています。

くれぐれも忘れないでほしいです。

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